「脱小沢」という愚民思想
成長重視か、再分配重視か
日本
北野 一 AC
JP モルガン証券株式会社
• 実質的に次期首相を決める民主党代表選挙の焦点は「脱小沢」であった。
小沢一郎という一人の政治家との距離感が、次期首相の最も重要な「資
質」であったことになる。代表選出馬にあたり、「(小沢氏には)しばらく静か
にして頂いた方が、本人にも、民主党にも、日本の政治にとってもいい」と
いう菅直人氏が、民主党の代表となり第94 代首相に選出された。
• 6 月5 日の主要日刊紙の社説は、こぞって小沢問題に言及している。「菅
新首相は有権者の信頼を取り戻し、統治能力のある政権の体制を整える
責任を負う。その際に重要なことは小沢氏の影響力を排除することである」
(日本経済新聞)。「前政権の失敗を踏まえ政権の性格が変わったことを示
すためには小沢一郎前幹事長との二重権力構造を招かない体制を構築し、
組織優先でバラマキ型に陥った悪弊を改めることが必要だ」(毎日新聞)。
「打破すべきは小沢一郎幹事長への権力集中に伴って続いてきた独裁的
な党運営である」(産経新聞)。「新首相は、小沢氏主導で廃止された民主党
の「政策調査会」の復活も表明している。「政策決定の内閣一元化」方針に
より、停滞してきた党内の政策論議を、成長復活を機に活性化させる意義
は小さくない」(読売新聞)。「鳩山氏、小沢一郎前幹事長の「ダブル辞任」と
菅氏の登場は、「政治は数、数は力、力は金」という自民党田中派、旧竹
下派の系譜が完全に断ち切られたことも意味する」(朝日新聞)。
• 図表 1 は、フジテレビの新報道2001 が毎週発表している内閣支持率の推
移である。脱小沢が功を奏したのか、菅新内閣への支持率は52.8%と前週
鳩山内閣の支持率19%から大幅に上昇した。新内閣発足時の支持率と
しては、福田内閣の55.6%よりも少し低く、麻生内閣の47.2%よりはやや高
い。因みに、「菅新政権に対する小沢前幹事長の影響力の大きさをどう思
いますか」という質問に対する回答は、小さくなる32.6%、大きいと思う
11.0%、変わらない49.4%であった。
図表 1: 内閣支持率の推移
%
0
20
40
60
80
100
20061001 20071014 20081026 20091115
支持不支持
安倍内閣福田内閣麻生内閣鳩山内閣
菅内閣
出所: フジテレビ「新報道2001」よりJ.P.モルガン作成
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2010 年6 月7 日
北野一
「脱小沢」で、支持率が急回復したのだとすると、民主党の陰の功労者は、代
表選で菅新首相に挑戦した樽床氏だろう。有力候補が、こぞって菅支持を打ち
出すなか、無投票で菅代表選出となれば、「脱小沢」が曖昧になるところであっ
た。反小沢対親小沢という構図を作り出した上で、反小沢が親小沢を退けると
いう「儀式」が必要であった。誰かが、人身御供として、親小沢の役割を担わな
ければならなかったのではないか。少なくとも、「脱小沢」が焦点だと思いこむマ
スメディアは、そうでなければ納得しなかった筈だ。
ところで、政策面からみて「脱小沢」とは何か?前述の新報道2001 の調査によ
ると、菅新政権に期待するのは、一番が「景気対策」で35.2%、二番目は「財政
再建」で20.2%、三番目は「雇用対策」の10.8%であった。鳩山内閣の命取り
になった「政治とカネの問題解明」は8.2%、「普天間問題」は6.4%である。「政
治とカネ」と「普天間問題」をあわせて14.6%というのは、かなり低いように思わ
れる。沖縄の方には申し訳ないが、多くの有権者にとって米軍基地問題は、さ
ほど重要ではなかったということだろう。「政治とカネ」も、然り。逆に、「景気対
策」と「雇用対策」を合計すると46%とほぼ過半数だ。
図表 2: 菅新政権に一番期待する政策
%
0
10
20
30
40
景気対策
財政再建
雇用問題
政治と金
普天間問題
社会保障改革
公務員制度改革
その他
出所: フジテレビ「新報道2001」よりJ.P.モルガン作成
エリート(日本に本当にいるのかどうか分からないが…)の論理からすると、こうし
た利己的な有権者だからこその「脱小沢」なのだろう。エリートの論理とはこうい
うことだ。(1)小沢は選挙至上主義者だ。(3)選挙に勝つには大衆におもねる必
要がある。(3)大衆は、利己的で近視眼的で利益誘導に弱い。(4)小沢が権力
を握る限り、バラマキは終わらない。エリートからすると、田中角栄以降、選挙至
上主義者が、権力を握り続けてきたので、財政赤字は止めどもなく拡大してき
たという話になるのだろう。しかし、不思議なことに、一方で、この国は陰の権力
者は財務省(大蔵省)だという声も根強い。なぜ、財政再建至上主義者の財務
省が権力を握っているのに、財政赤字が膨らむのかという疑問は残る。
強いて言えば、財務省が権力を握るがゆえに、逆説的に財政赤字が膨らんで
いるのかもしれない。財政赤字がデフレの結果だとするとそうなる。図表3 は、
日本の長期金利国債発行残高の関係だ。過去25 年間で、国債発行残高が
6 倍になるなか、長期金利は6 分の1 になっている。この現象を説明するには、
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2010 年6 月7 日
北野一
(1)デフレの結果、金利が低下した、(2)デフレのせいで、家計や企業が貯蓄に
励んだ、(3)政府は、投資をせざるを得なくなった、と考える方が納得できる。そ
もそも、内閣の寿命を削ってまで消費税導入、消費税率上げに努めたのは、田
角栄の系譜に連なる竹下内閣であり、橋本内閣であった。いずれにせよ、財
政赤字を削減したければ、まずデフレ脱却を図らねばならない。
図表 3: 日本の公債残高と長期金利
兆円 %
0
100
200
300
400
500
600
700
1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005
0
2
4
6
8
10
公債残高の累積(左軸) 10年国債利回り(右軸)
出所: AURORA よりJ.P.モルガン作成
さて、デフレが日本にとって致命的な病であると考えているが、その点について
はこれまでも何度も指摘してきたので、ここでは、もう少し「脱小沢」について考
えてみたい。小沢一郎は、2006 年4 月、民主党代表に就任する際に、こういっ
た。「変わらずに生き残るためには、自ら変わらなければならない」。何を変えた
のか。おそらく、経済政策の力点を、成長重視から再分配重視に変えたのであ
ろう。この小沢・民主党の後を追うように、自民党福田内閣の頃から分配重視
に舵を切った。2009 年の総選挙は、再分配重視の争いになったが、先に転向
した民主党が勝った。それで、今回の「脱小沢」である。これは、再分配重視か
ら成長重視への再転換を意味するのであろうか。明らかにエリートはそれを望
んでいる。
しかし、再分配重視がそう簡単に変わるとは思わない。1990 年代半ば以降、日
本では、ただ社会人になるだけで相当なる苦労を強いられてきた。ロスト・ジェ
ネレーションの問題である。因みに、1995 年から2010 年に成人に達したのは
26 百万人。彼らの両親が、その倍いるとして、当事者と両親を合計すると、78
百万人になる。それだけの日本人が、何かがおかしいと感じてきた筈だ。この
不満が、成長重視から再分配重視への原動力になったのではないか。その不
満が、たかだか数年で消えるだろうか。消えないと考えている。