第10回 実力は本の数と疲労度で分かる

数値化で勉強を効率化する
 司法試験予備校の講師時代、私はある特技を身につけた。それは「ペーパーテストをすることなく、瞬時に生徒の実力を見抜く」ことだ。特技と述べてから言うのも何だが、それほど大げさなものではないかもしれない。というのも、単に生徒が鞄の中にしまい込んでいる本やノートをすべて机の上に並べさせただけ、のことだからだ。

 本の中身を見る必要はない。持ち歩いている本の数と疲労度(痛み具合)で、生徒の実力を測定する。その判定基準とは、

(1)新品の本を沢山持ち歩いているのは「初心者」
(2)疲労度の低い本を、少しだけ持ち歩いているのは「初級者」
(3)疲労度の高い本を沢山持ち歩いているのは「中級者」
(4)疲労度の高い本をちょっとだけ持ち歩いているのは「上級者」
というものだ。

 勉強を始めたばかりの初心者は、何が必要か分からないから、買った本を全部鞄に詰め込んで予備校にやってくる。しかし、全部持ってくると重いので、そのうち、授業で使う本だけを持ち歩くようになる。あまり熱心に勉強するつもりのない生徒は、この段階が長く続き、中級者になる前に挫折する。

 やる気のある生徒は、しばらくすると、自分で色々なことを調べるために、いくつもの参考資料を持ってきて自習室に籠もるようになる。当然、本の疲労度は高くなり、鞄は重くなる。中級者は、勉強熱心に見えるから、親や先生には受けがよい。だが、中級者がその姿に自己満足してしまうと、その段階を抜け出せなくなることも多い。

 上級者になれるかどうかは、学んだ情報をいかに1冊の本やノートに集約することができるかにかかっている。実力のある上級者は、大事な情報のほとんどを1冊の本に集約させているため、余計な参考資料を持ち歩かなくなる。勉強が進んでくると、疲労度の高い本を沢山携帯している者よりも、携帯する本の量を減らし、情報にアクセスする速度と頻度を上げることに専念している者の方が、実力が高い。

 以上の事実をもとに実力測定する換算式を書くとすれば、次のようになる。




これを「実力・携帯本換算式」と呼ぼう。


換算式は勉強の効率を上げる

 「実力・携帯本換算式」のように本の「疲労度」と「量」という計測しやすい要素で実力を計測することができれば、勉強のスケジュール管理に大いに役立つ。

例えば、国語、数学、理科、社会、英語という5科目の勉強スケジュールを立てる時は、まず、各科目で、実際に使っている本やノートを、科目ごとに目の前に積んでみる。

 そうすると、どの本の疲労度が高く、本の量が多いかは、一目瞭然であるから、
(1)「本の疲労度が低く、かつ、本の量が多い科目」から順番に優先順位をつけ、
(2)科目ごとにどの本に情報を集約するかを決め、
(3)優先順位に応じて、情報集約作業を具体的にスケジュールに書き込んでいけばよい。


 何の基準もないまま「自分は、理科が苦手だから」という感情だけに頼ってスケジュールを立てても、適切に時空をコントロールすることはできない。そんなスケジュールでは、理科だけに勉強が偏ってしまい、必要のない知識を詰め込みすぎて理科の勉強の効率も落ちるし、科目間バランスを崩して他の科目の成績も落ちる可能性が高い。

 それに対し「実力・携帯本換算式」で実力を計れば、短時間でバランスを考えた時間配分をすることができる。


勉強時空換算式とは何か
 効率的な勉強をするためには、自分の現状と未来を即座に把握することができる「勉強・時空換算式」を身につける必要がある。

 この「勉強・時空換算式」は、

 勉強量=勉強時間×時間効率×空間効率というものである。以下、それぞれの要素を解説しよう。

 「勉強時間」は、文字通り、勉強に費やす時間である。

 「時間効率」とは、勉強する時間帯が勉強の能率に与える影響を示すための指標である。同じ10分であっても、頭が冴えている午前10時の10分であれば100%の勉強ができるが、昼飯後で眠気に襲われている午後2時ころでは30%しか勉強できず、強烈に眠い午前2時の10分では、ほとんど勉強が進まない。このように午前10時の勉強の効率を100%として、時間帯ごとの効率性を表した数が時間効率である。

 時間効率は、朝型人間か夜型人間かによって異なるから、自分で、同じ本を、時間帯を変えて読んでみて、何ページ読み進めることができるかで計測してほしい。また、トライアスロンをした後の時間帯は勉強効率が極端に落ちるというように、特殊事情で時間効率が変化する場合もあるので、スケジュール管理時には、前後に特殊事情があるかどうかをチェックする必要がある。

 「空間効率」とは、自分が勉強している空間(職場、学校、自宅など)において、ある手段で勉強した時に、一定時間内にどの程度の量の情報を吸収することができるか、ということを示す指標である。

 自宅で本を読めば文字情報がINPUTされるし、学校で講義を受ければ音声情報がINPUTされるが、それらを統一的に比べるために、「この情報をノートにまとめたら、何ページ分くらいになるか」という発想で、各手段から得られる情報の量を測定する。
例えば、面白くてためになる本ならば、10分当たりノート2ページ分の情報量を吸収することができるであろうし、つまらない先生の授業ならば、開始後10分で意識が飛び、平均すると10分当たりノート0.1ページ分の情報量しか吸収できない可能性もある。

 この勉強・時空換算式を意識しながら、スケジュールを組めば、「仕事が忙しくて勉強時間が半分になったから、時間効率が2倍の時間帯に勉強時間を移そう」とか、「最近、深夜に勉強しているため時間効率が2割程度落ちているから、空間効率の高い勉強方法に変えてみよう」とか、その時の環境の変化に応じた対応策を考えることができる。

空間効率を高めよう
 勉強・時空換算式で最も重要な要素が「空間効率」である。「空間効率」を高めるためには、どうしたらよいか。それには、「空間効率」が具体的にどのような要素によって成り立っているかを知る必要がある。

 「空間効率」は、人間が情報を吸収する効率は、どの空間にいるか、どんな手段で勉強するかによって、大きく変わるという現実をもとに考えられた概念である。

 情報自体には、形がないから、いったん、情報を定着させてしまえば、その情報は時空の縛りから解放され、効率的に活用することができるようになる。

 しかし、情報をINPUTまたはOUTPUTする時には、必ずメディア(本・ノート・パソコン・先生など)を必要とするから、「空間効率」は、ある空間にいる時における
 (1)メディアまでの物理的距離・メディアの大きさ・重さ(アクセス難度)

 (2)そのメディアを利用した場合、どの程度の速度で情報を授受することができるか(授受効率)

 (3)授受された情報のうち、どの程度の割合で、自分に定着するか(定着効率)

の3要素に依存することになる。

 具体的に式で表すと

  空間効率=授受効率×定着効率−アクセス難度

となる。

 同じ勉強方法を取るにしても「空間効率」は、自宅にいるのか、職場にいるのか、学校にいるのか、通勤通学中なのか、それぞれの空間によって異なるので、空間ごとに数値化し、その空間における最適のメディアが何かを把握しておく方がよい。

アクセス難度
 空間効率の算式で、マイナス要素となっているのがアクセス難度である。情報へのアクセス難度が高ければ、情報を取得する準備に時間を浪費するため、「空間効率」が落ちる。

 特に10分ルールでは、短い時間で次々に勉強内容を変更するため、アクセス難度が高すぎると、極端に効率が落ちることになる。だからこそ、50センチメソッドによって、アクセス難度をできるだけ0にして、空間効率を上げているのである。

 また、アクセス難度を重視するならば「500グラム以上の本は、読む本ではなく、調べる本にすぎない」と判断し、重い本を50センチ以内には置かないようにする方がよい。勉強が進んでくると、情報量が多い重い本を読みたくなるが、だからといって、30キログラムの百科事典を持ち歩き、常時読み進めることができる人は相撲取りくらいだろう。いや、相撲取りでも、そんなことはしない。

 重い本は、持ち歩くのに不便であるし、持ち上げるのもつらいし、目的の情報を探し出すのにも時間がかかる。アクセス難度を考えれば、ページ数が少なくて軽い本に、手書きで必要な情報を書き加えていく方がずっと空間効率がよい。

アクセス難度は、勉強量で把握する
 アクセス速度は、「秒」単位の時間で意識すべきだが、アクセス難度は「ノート何ページ分を読む時間を浪費するか」という勉強量で時間を把握する。

 例えば、あなたが5分かけて図書室に行き、そこで10分間読書した時には、「教室で勉強していればノート3ページの情報を取得できる時間を使用して、図書室でノート2ページ分の情報を取得してきた」と考える。

このように時間を勉強量に換算するくせをつければ、アクセス時間を浪費するのが嫌になってくるというメリットもある。

授受効率と定着効率
 情報の授受効率は、あるメディアが、一定時間内にどの程度の量の情報を受け渡しすることができるかという指標である。

 メディアによって情報の内容は異なるが、10分間でノート何ページ分くらいの情報が授受できるかを計測すればよい。一般的には、本の黙読は授受効率が高く、授業は口頭で説明するから授受効率は低い。手書きによる物書きの授受効率は、恐らく最悪である。

 しかし、読書をして沢山の文字面を追っても、その内容が自分に定着しなければ、意味はない。INPUTした情報を咀嚼する能力を持っている者は、定着能率が高いため、読書のように授受効率が高い手段を利用する方がよいが、咀嚼能力がない者の読書は、定着効率が低く、有効な勉強手段にはならない。

 これに対し、良い授業を受ければ、先生が、必要な情報のみを選別して、印象に残りやすい形で教えてくれるので、授受効率が高くなくても、定着効率は高く、結果的に空間効率が高い勉強手段となる。また、物書きは、自分が理解していないと書けないので、情報の咀嚼には最適であり、定着効率が極めて高い勉強手段であると言える。

 このように、空間効率を上げるためには、自分の現時点の情報咀嚼能力に応じて、授受効率重視の手段と、定着効率重視の手段をうまく組み合わせる必要がある。例えば、初心者のうちは、やさしく説明してもらえる授業の時間を増やし、勉強が進むにつれて読書の時間を増やして幅広い事項をINPUTするとともに、重要な情報については書き物をして、確実に定着させるとよい。


数値化の重要性
 「実力・本換算式」や「勉強・時空換算式」は、誰もがなんとなく感じていることを、もっともらしく数式化したものである。しかし、これらの換算式は、勉強の効率性に関係している諸要素を、できるだけ数値化して具体的に把握できるようにすることに意味がある。

 例えば、読書と授業という異なる性質のINPUT手段を「10分当たりノート○ページ」という共通の指標で計るという意識があれば、現時点で、どちらの勉強手段を取った方が効率的かという選択をすることができる。

 また、「10分間」という時間を「ノート2ページ分の読書」「ノート0.5ページ分の物書き」、というように勉強量に換算するくせをつけることで、空き時間にどの程度の勉強をすることができるかを、即時に予測することができるようになる。

 さらに、どの要素が、勉強の効率化を妨げているかを検証することにより、勉強方法の改善をすることもできる。

 数値化といっても、ノーベル賞をもらうための実験をやっているわけではないのだから、おおざっぱな数字を把握すれば十分である。グータラ人間であれば、時間効率や空間効率を実測せずに「まあ、こんなもんだろう」と勘で数値化してみるのでもかまわない。



同じ時空は二度と訪れない
 厳密な計測に時間をかけるくらいなら、今までの経験に基づく勘で決めて、その分勉強した方がよい。

 大事なことは、数値化しようという意識である。最初は、勘で決めた数字でも、その後の勉強状況を見て、その数字があまりにも実態に合わないと感じた時に、修正すればよいのである。

 勉強・時間・空間という次元の異なる要素の相互関連性を数値化により把握できるようになれば、「10分」という時間の持つ意味、「今、自分が座っている場所」の持つ意味が分かってくる。時間も空間も、無機質なものではなく、それぞれの顔を持っていることに気づく。

 人間は、時間や空間の個性に気づかずに、それらが永劫に続くかのように勘違いしやすい。時空をコントロールする人間になれるかどうかは、同じ時空が二度と訪れないことを知り、これから訪れる時空の顔を見ながら、その時空が望んでいる行動を取ることができるかどうかにかかっているのである。